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5☆『Think clearly(シンク・クリアリー)』の読書感想

 今夜の読書感想は、『Think clearly』(著者:ロルフ・ドベリ(Rolf Dobelli)、訳者:安原実津、発行所:㈱サンマーク出版、初版:2019年4月5日)です。

※記事中の「筆者」は当ブログの管理者のことです、「著者」と紛らわしいですが現在のところブログ内全てを筆者で通しているため悪しからずご了承ください。

52項目から成る「思考の道具箱」

 有限である自分の人生を、より良い人生にしたいというのは誰しもの願いであることと思う。本書は、「穏やかに、かつ軽やかに流れる人生」、お金に左右されずに自分らしい生活を送るということ、の二つを良い人生の最良の秘訣と定義している著者が、過去40年に渡る心理学研究の成果、ローマ帝国で最盛期を迎えたストア派哲学の思想、過去100年で築かれてきたバリュー投資家の思考、この三つが導き出す処世訓や思考法が、それぞれ時代背景も場所も何もかも違うというのに、ぴったりとかみ合った共通の思想に収れんされているという、思わず膝を打ちたくなるような発見を基に、著されたものである。

 直感だけでは理解も対処も出来なくなっている現在の世界において、人生で直面する問題や課題を克服していくための、「思考の道具箱」として52の思考法や人生の質を向上させるコツと言えるようなものが示されている。 

道具毎に章立てされており細切れの空いた時間でも読み易い一冊

 読了後の付箋の数が44枚程度あったので、同じテーマに数箇所付箋していることがあるとしても大部分の「道具」に共感や気付き、新たな思考の拡がりを齎してくれたことは間違いないだろう。また、まだ筆者が気付けていなかったり、その道具の使い方が齎す効用が理解出来ていないといったこともあろうから、これからの人生において手元に置いておきたくなる一冊となる。その中でも特に共鳴したり印象的だった道具についていくつか紹介したい。

なんでも柔軟に修正しよう(道具箱No.2)

 何ごともある条件のもとでスタートさせ、それが進んでいく過程で持続的に調整をほどこすのが、正しいやり方である。
 世界が複雑であればあるほど、出発点の重要性は低くなる。だから仕事でもプライベートでも、条件設定を完璧にしようと力を注ぎ込みすぎないほうがいい。

 飛行機が予定ルートを飛行している割合は、なんと0%であるということを例に、飛行を人生に例え、最初の条件設定(予定を立てること)ばかりを重視してその後の修正の意義が軽んじられ過ぎていることが説かれ、修正技術こそが重要であり、物事が全て計画通りに運ぶことなどないわけだから、計画が間違っていたと思うことも無駄だとする。
 アメリカやヨーロッパ諸国の憲法についても、修正され続けている例として示されているが、そういう意味では戦後一度も憲法改正を実施していない日本は、最初の条件設定に拘り過ぎだとなるだろう。
 夫婦関係も然り、どんな関係にもメンテナンスが必要なのは身を持って経験する分かりやすい例だ。
 スピード重視の企業活動の中で、修正の意義、重要性に重きが置かれるアジャイル的(見切り発車と言った方がいい場合も)サービス提供スタイルが筆者の勤め先でも持て囃されているのも、この発想に拠るのだろう。

謙虚さを心がけよう、自分を重要視しすぎないようにしよう(道具箱No.10&49)

 あなたが手に入れた成功のうち、あなたの個人的な成果が占める割合はどのくらいだろうか?
 そう、正しくは「ゼロパーセント」。あなたの成功は、本質的に、あなたが何も、本当に何ひとつ影響を及ぼせないことにもとづいて成り立っている。
 あなたの成功は、本当の意味であなた自身が手に入れたものではないのだ。

 ウォーレン・バフェットが「卵巣の宝くじ」と呼んでいる、生まれた時に運命付けられる格差のことを例に、現代に生まれていること、日本等先進国に生まれていることが、既に途方もない幸運に恵まれているとする。確かにこれまで何度も日本に生まれて良かったと思って生きてきた。
 徳川幕府時代まででも祖先は4,000人程度もいるし、連綿として偶発的な遺伝子の掛け合わせで誕生してきた我々は、これまでの人生の原動力となったであろう意志の力でさえも偶発的な遺伝子の掛け合わせと環境によって作り上げられたものであり、全ては目に見えない偶然の結果であると。一理はある。
 だから我々は、まず、謙虚であれということ、それと、成功の一部を恵まれない人がいるなら、惜しみなく分け与えるべきだということ、を説く。

 また、自分を重要な存在だと思い込むことで、周囲への自身からのアピールとそれに対する周囲の反応の確認といったような「余計な労力」が必要になること、何かの目標に到達するための行動が、自分をよく見せるための行動に変質してしまうこと、自信過剰による判断ミスが起き易くなること、同じように自分自身を重要視している他人を許容出来ないことから敵を作ってしまうこと、等を列挙し、謙虚でいた方が生きやすいことを協調している。

 「自分を重要視しすぎない」のは、よい人生を手にするための基本中の基本だ。それどころか「自分を重要視する度合いが低ければ低いほど、人生の質は向上する」という、逆の相関関係まで成立する。

 別の書籍になるが、死に囚われない生き方を送る上でも、自分を重要視しすぎないことは有用とされている。

本当に価値のあるものを見きわめよう(道具箱No.48)

 価値のあるもの、質のよいもの、絶対に必要なものはほんのわずかだ。「スタージョンの法則」を意識していれば、時間がかなり節約でき、不愉快な思いもしなくてすむ。

 アメリカのSF小説作家であるシオドア・スタージョンが、SF小説の90%はクズだという文芸評論家と言われる人からの批判の矢面に立たされた際に、「ジャンルに関係なく、あらゆる出版物の90%はクズだ」と答えたことが、その後「スタージョンの法則」として世に知られるようになったという。

 三万年前の狩猟採集生活では、日常的に経験を通して得る情報のほとんどが、生きていく上で欠かせないものばかりだったが、現代は全く逆になっており、そのほとんどは無意味で必要のないもので、何かに物足りなさを感じた際に、問題があるのは自分の方だと思う必要は全くなく、物質的なものだろうが精神的なものだろうが、世界に生み出されたものの90%には価値がない、という考え方だ。90%が2:8の法則の80%だろうがここでは差異はないだろう。
 会社での会議等でもよくあることだと思うが、本質でない枝葉の議論に労力や時間を費やすこととなる徒労感、そういったことへの意識や反応のない鈍感力の高いメンバへのストレス等を思うと、この思考法は自らを楽にしてくれる。

思い出づくりよりもいまを大切にしよう、「現在」を楽しもう(道具箱No.22&23)

 瞬間とは、心理学者が言うには約3秒間らしく、我々は一日当たり約二万の「瞬間」を体験することになる。しかし、そのほとんどの瞬間を我々は思い出すことが出来ない。では、その思い出せない瞬間での経験に意味はないのか?といった問いかけがなされ、「体験している私」と「思い出している私」のどちらが大切なのかが問われる。
 何かを体験した際の、その出来事の一番印象深い「ピーク」部分と、その「終わり」だけが記憶に残るとされる「ピーク・エンドの法則」を絡め、記憶に残らなくても、その経験には価値があると、より「現在」に意識を向ける生き方を推奨している。

 何も経験しないより、すばらしい何かを経験できたほうがいいに決まっているではないか。どのくらい記憶にとどまるかにかかわらず、それを経験しているあいだはすばらしい時間を過ごせたのだから!
 そのうえあなたも私も、いずれにせよ死んでしまえば、記憶を持ちつづけることはできない。死んだ後には「あなた」も「私」ももう存在しないからだ。

 先日水族館に行った際に、水槽を写真やビデオに納める人があまりにも多いのに驚いたが、後でほとんど見返さないであろう写真やビデオを撮影することに注力するあまり、「今」の観察を疎かににしてしまっている例のように思う。また、酔っ払ってお互いの記憶がほとんど無かったとしても、一緒に過ごした時間が無意味なものとなるとは言えないだろう。

 すばらしい瞬間を積み重ねてできた人生は、たとえそれらの記憶が残らなくてもすばらしい人生に違いない。

考えるより行動しよう(道具箱No.1)

 もちろん、人生に正解がないように、道具箱の思考法もその全てが正しいというわけでもないだろうし、極端な発想も中にはあるだろう。物の見方の一手法であって、その発想の有る無しによってより幅の広い理解や思考の助けになるということが貴重なのだ。
 そして最後に、全ての思考法に共通するであろう、実際の人生に影響を与えるための処世訓を引用して、今夜は終わりにしようと思う。

 ピカソはこう言っている。「何を描きたいかは、描きはじめてみなければわからない」。
 同じことは、人生にも当てはまる。
 人生において自分が何を求めているかを知るには、何かを始めてみるのが一番だ。 ~中略~ 考えているだけではよい人生は手に入らないということだけは常に頭に入れておくようにしよう。